メドゥーサはギリシャの暗い洞窟を住処とし何千年も閉じ込められていた。最近の森林伐採により住処を追われた。洞窟をでれば女神アテネに嫌がらせを受けるため目の届かない日本にやってきた。
(メドゥーサ:ヘビの髪の毛と目を見たものを石にする魔女。元々は絶世の美女だったが女神アテネの神殿で海神ポセイドンと神殿姦しアテネの呪い受け魔女になる。)
転機
来日してからは苦労の連続だった。生きていくために様々な仕事の面接を受けた。どの仕事も採用されなかった。原因はやはりヘビの髪と目を見た者を石化させる呪いだ。
お金も底を尽きかけた時声をかけられた。「おねえさん、いい仕事あるんだけどやってみない?」やさしい笑顔だった。通った鼻筋に切れ長の目。余韻の残る声色の男の名はペルセウス。
選択の余地はない。メドゥーサはペルセウスの言うままに店で働きだした。
店名「ペロチュパ神殿」
愛情
ヘビの髪はウイッグで隠した。石化の目はカラーコンタクトで隠した。仕事内容に抵抗はなく誰でも受け入れた。ギリシャを離れ遠い異国の地で新しい生活を手に入れたことの方が嬉しかっのだ。
順調に指名客を取り始めた頃、事件が起きた。新規で指名してくれた客だ。部屋に入った瞬間理解した。
「…ポセイドン」
ポセイドンはギリシャで神話時代に関係をもった男だ。合意ではない。ポセイドンが一方的に求めてきたのだ。それでもメドゥーサの心の片隅にポセイドンは何千年という間生き続けた。かすかに逢いたいという気持ち。
一瞬でお互い求めあった。だが最後までは抑えた。「ペロチュパ神殿」で本番はNGだ。罰金100万円は大きい。
………
その後二人は同棲を始めた。幸せだった。だが二人の噂はすぐにペルセウスの耳に入った。
「チッ、俺の獲物を」
陰謀
ペルセウスは恐ろしい男である。心の隙間につけ入る天才なのだ。声をかけられた女は自分で決めたと錯覚しながら、ペルセウスがオーナーを務める「ペロチュパ神殿」で働く。稼いだお金は全てペルセウスへ貢ぐ。
計画ではメドゥーサも稼いだお金は全て自分に貢ぐはずだった。ポセイドンの存在が邪魔をした。邪魔ものは消してやる。ある日、部屋で待機しているメドゥーサの元へ行き言い放った。
「おまえ、勤務中にポセイドンと本番しただろ」
言いがかりである。真っ赤なウソである。だが証拠はいくらでも捏造できる。二人の同棲部屋の盗撮写真と店の個室の写真を合成したのだ。ウソの証拠でも作り上げれば真実となる。それがペルセウスという男の恐ろしさだ。
「ポセイドンとは別れろ。それと罰金100万円だ」
抑揚のない口調で言い放った。始めて会った時とはまるで別人。
(これでメドゥーサは俺への支払いで必死に働く。もしポセイドンと別れなければ違約金としてもっと金を請求してやる。…そして、あのお方に認めてもらう…)
海神
血が逆流した。メドゥーサから仔細を聞いたポセイドンは世界を滅ぼしそうな自分を必死に抑えている。海を支配する男だ。その気になれば陸地にも壊滅的ダメージを与えられる。
だがやらない。今の時代、人間の世界に干渉してはいけない。ただ見守るだけ。それがオリンポスの掟。しかし今回は人間界の出来事ではない。メドゥーサは気づいていないが、ペルセウスは半神だ。
(ペルセウス:全能の神ゼウスと人間の間に生まれた子。)
人間でない以上ポセイドンが神の怒りを振り下ろすに値する。
ー「ペルセウスを黙らせてくる」
メドゥーサに告げると「ペロチュパ神殿」へ向かった。
真実
ペルセウスのいるオーナー室へ向かう。途中店員たちが制止したが振り切った。人間にポセイドンを止めることなどできない。ドアをゆっくりと開けた。正面にコーナーデスクでコーヒーを飲みながら個室部屋のモニターをチェック中のペルセウスがいる。
「意外と早かったな」
冷静かつ抑揚のない口調で話す。口調が人格を表している。
「半神の分際でよくも私の怒りにふれたな。地獄の深い闇へ送ってやる。」
もし下等な魔物や普通の人間ならポセイドンの怒りの声を聞いただけで正気を失うだろう。だがペルセウスの顔色は変わらない。
右手を振り上げ神の力を発揮しようとした。が、何も起きない。「?」
「悪いが力は使えない。この部屋に神の力を封じる結界をはらせてもらった。ここでお前の命をもらう」
壁に掛けてある剣をとった。”雷の剣”だ。一度だけ会ったことがある父ゼウスより賜った剣。ポセイドンを殺せるという神の武器。
「始めから私の命が狙いだったのだな?」
「ご名答、メドゥーサがギリシャを出た時から計画していた。メドゥーサに惚れているお前は必ず追ってくる。そこでオリンポスから離れ、神力が落ちたお前を結界におびき寄せ命をもらう算段さ。」
「私の命を奪って何になる。海を支配したいのか」
「父ゼウスにお前の首を献上する。父は海も欲しがっていた。そして俺はオリンポスへ招かれ本当の神となるのだ。」
ペルセウスが言い終わると同時にドアが開いた。目隠しをされたメドゥーサとさらってきたペルセウスの部下だ。
「ご苦労、下がっていいぞ」部下が下がる。
メドゥーサは何かあった時の人質とするため。狡猾な男だ。メドゥーサを自分の前に立たせ盾とする姿勢をとった。結界で力を封じ込められているとはいえ、父と並ぶ三大神のひとりだ。油断はならない。
死闘
うかつに動けない。下手に動けばメドゥーサを傷つけるだろう。美しいヘビの髪も血が流れるかもしれない。黙って自分の首を差し出すべきか。
現にペルセウスは過去に数々の神や魔物を葬ってきた。残虐な男だ。昔、自分の近くに”生きている”というだけでサイクロプスを殺した。魔物に属するメドゥーサを傷つけるなど何とも思わないだろう。
ポセイドンは思った。
自分は純粋な神だ、海の配下の者たちが体の破片を集めて復活させてくれるかもしれない。
ほぼ0に近い可能性を肯定しながら決断した。
「わかった。私の首を持って行け」
ペルセウスは表情を変えなかった。メドゥーサを盾にしながら近づき”雷の剣”を振り上げた。ポセイドンの首をめがけて横水平に剣を振り始めた瞬間
「痛ぅ」
剣が止まった。メドゥーサのヘビたちがペルセウスの腕・顔に渾身の力で噛みつく。毒が細胞の一つ一つを侵食していく。
「くそっ、やりやがったな」
またたくまに体が紫色に変色していくが倒れはしない。それでもメドゥーサを離さず再びポセイドンの首をめがけて剣を振る。しかし毒に犯された体に一瞬の隙が生じた。
メドゥーサが体を振りほどき前へでる。ポセイドンを突き飛ばす。同時に閃光が横一文字に走り、メドゥーサの首が飛んだ。
ポセイドンの思考は止まった。今見たことを瞬時に理解することができない。ただ体から離れペルセウスの足もとに転がるメドゥーサの首を見ていた。
毒に犯されたペルセウスは神の武器”雷の剣”をもつ力はない。ポセイドンは首めがけて走りだした。互いにメドゥーサの目が勝敗を決することを知っていた。
毒で朦朧(もうろう)としている相手なら結界内といえ戦える。力で勝るポセイドンが体ごとぶつかりペルセウスを壁に突き飛ばす。すかさずまだ温かさを感じるメドゥーサの頭をとり目隠しを外した。
ペルセウスに向けたが、目をつぶって避けている。頬を殴った。まだ目を開けない。さらに2発殴った。殴られた衝撃で目が開く。間髪いれずメドゥーサの目をかざした。石がこすれるような音をだしながらペルセウスが石化していく。
帰還
日本から海の神殿へ帰還した。メドゥーサの首はギリシャのアテネ神殿へ置いてきた。生前メドゥーサを苦しめたアテネへのあてつけだ。
アテネ神殿の表札をペロチュパ神殿に書き換えておいた。
もう海からでることはないだろう。
ポセイドンはペロチュパ神殿で本番をしなかったことを後悔しながら、ゆっくりと息をつき目を閉じた。