朝礼ネタ 日本一の兵! 真田幸村スピーチ

朝礼ネタは、大河ドラマ「真田丸」でも注目を集める真田幸村です。本来は真田信繁というなですが、歴史上幸村で定着しているので「幸村」として表記します。

大阪の陣で活躍し不利な戦でも、知恵と勇気を持って武功を挙げました。武将として、徳川家康から「日本一の兵」といわしめた幸村はどんな人物だったのでしょうか。

現代社会において教訓となるように朝礼スピーチしましょう。

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朝礼ネタ 真田幸村とは

ざっくりと幸村年表

1567年 永禄10年(1歳) 昌幸の次男として生まれる。

1582年 天正10年 (16歳)真田家、織田信長に臣従。しかし6月に本能寺の変により信長死去。

1585年 天正13年(19歳)人質として上杉のもとへ。

1586年 天正14年(20歳)上杉、豊臣秀吉に臣従。

1587年 天正15年(21歳)人質として秀吉のもとへ。

1590年 天正18年(24歳)秀吉に従い北条征伐に出陣。

1598年 慶長3年(32歳)秀吉死去。

1600年 慶長5年(34歳)関ヶ原の戦いにより西軍につく。上田城にて徳川秀忠を翻弄。西軍敗北のため九度山(和歌山県)に蟄居させられる。

1611年慶長16年(45歳)父、昌幸が九度山にて死去。享年65歳。

1914年 慶長19年(48歳)豊臣秀頼の依頼により九度山を脱出。大阪冬の陣で真田丸を築き奮戦。

1915年 慶長20年(49歳)大阪夏の陣にて討死。生涯に幕を閉じる。

真田幸村あれこれ

真田家紋「六文銭」の由来

当時、三途の川の渡賃は六文と信じられていました。そのため戦に出る者として「死ぬ覚悟はできている」という意味合いで家紋にされたといわれます。

しかし、大坂の陣では「六文銭」は使用できなかったといわれます。

当時、すでに真田家の本流は兄・信幸でした。信幸は徳川に属しています。弟の幸村は敵対する豊臣に属することか本流の兄に迷惑をかけられない。

そんな思いから大坂の陣では「六文銭」ではなく「赤一色の無地の旗指物(はたさしもの)」を使ったといわれます。

兄・信幸はその後10万石の大名として、江戸時代末までつづく信濃松代藩の初代藩主となります。江戸時代について朝礼ネタ 8つの江戸時代雑学も面白いよ!

甲冑が朱色なわけ、真田の赤備え

幸村といえば朱色(赤)の甲冑イメージが強いですよね。これを真田の赤備えといいます。ゲームやアニメでもよく見かけませんか。

赤備えは元々武田信玄が重用した千騎ほどの先発隊が発祥とされています。この部隊が非常に強く、赤備えは精鋭部隊というイメージが固められました。

その後、大坂の陣では幸村が部隊を率いますが、集まったのはお金で雇われた傭兵たち。烏合の衆だったわけです。幸村の家来でもない兵たちをまとめるため、精鋭部隊のイメージが強い赤備えを使用したといわれます。

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幸村の功績とは

最も有名なのが大坂冬の陣で真田丸という砦を築き徳川勢を撃破したことです。
大阪城の最弱部に築いた砦が最強の砦になりました。

しかし豊臣方は徳川と和睦。徳川を苦しめた大阪城の堀を埋め立てる約束をします。この時、最強であった真田丸まで取り壊しました。

大阪夏の陣では圧倒的不利な状況でした。決死の覚悟で家康本陣に突っ込み、家康の馬印をなぎ倒すところまで追い詰めるました。この時、家康に自害まで覚悟させます。しかし、数でも劣る幸村の部隊は状況が不利になり敗走します。

神社の境内で傷ついた身体を休めているところで敵に見つかり、最後を迎えます。諸説ありますが最後に首をとりに来た兵へ「手柄にせよ」と残した言葉は有名です。享年49歳。

幸村の武勲は家康をもって「日本一の兵(つわもの)」といわしめました。

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幸村の名言

定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候

「一日先のことはどうなるかわからない」という意味。

これは大阪冬の陣のあと豊臣方が徳川と講和した際、もはや負けると幸村が死を覚悟した旨を兄信幸に送った手紙からです。

恩義を忘れ、私欲を貪(むさぼ)り、人と呼べるか

「受けた恩よりも、お金や地位で裏切るのは人と呼べるだろうか」という名言です。

これは『関ヶ原の戦い』で真田家が西軍につくか東軍につくかの決断を迫られた際に、幸村が発したとされる言葉です。

現代で考えると非常に難しい問題ですね。例えば、世話になった会社よりも良い待遇でうちに来てほしいと引き抜きにあったらどうでしょう。悩みますよね。

しかし、義理人情よりも利を選ぶことは悪いことではありません。もちろん、幸村の決断は武士の精神としてほまれることでもあります。

受けた恩を忘れないことは、現代でも信頼関係を築く鉄則であることは間違いないでしょう。

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朝礼スピーチ

真田幸村は人気の武将です。彼の魅力はどんなに多額の報酬を提案されようともブレない姿勢を貫き通したことでしょう。

ビジネスマンにもブレない姿勢を訴えよう。

一言

いかがでしたか、幸村の生き方は。かっこいい…。そして真似できるかどうか笑。